行政区画/中国上海市

中国上海市<行政区画
上海市は18の区、1の県に区分されている。

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黄浦区 - 2000年に黄浦区と南市区が合併。市人民政府やバンド地区が所在する上海中心部。旧イギリス租界、20世紀からの金融や貿易の中心地区である。
盧湾区 - 上海市でもっとも面積が小さい区であり、旧フランス租界、江南造船廠の所在地で、中国近代工業の発祥地である。中華イージスの旅洋級駆逐艦もここで建造された。ポンピドゥー・センターの分館を設置する計画が進行している。
徐匯区 - 上海市でもっとも豊かな地域である。中国科学院上海分院、中国航天院上海分院、上海映画撮影所など、数々のハイテク研究所、医療機関、大学などがある。旧上海時代資本家や有名人たちの旧居が数多く残っている。衡山路周辺には洒落た飲食店も多い。地下鉄徐家匯駅周辺では、近年オフィスビルやデパートが立ち並び発展が目覚しい。
長寧区 - 西にある天山新村は、かつての紡織労働者の団地である。改革開放後に設けられた虹橋新区は外国企業の事務所が多いビジネス地区となっている。日本を含む各国の領事館も区内に点在し、数多くの外国人が古北新区などに住んでいる。
静安区 - 中心部にある区で、静安寺の名に因む。第二次世界大戦以前の高級マンションが今も残っている。
普陀区 - 市の西北部にある。かつての紡織労働者の団地も多い。江沢民も上海市市長になる前に曹楊新村に住んでいたことがある。
閘北区 - 低所得者層が今も多い地区。1990年代に移転した現上海駅がある。
虹口区 - 第二次世界大戦前の、日本の租界である。かつて「小東京」と呼ばれた。横浜橋、西本願寺など史跡が残り、魯迅公園がある。
楊浦区 - 重工業の町。旧アメリカ租界、上海楊樹浦発電所、上海電表廠、上海光機所、上海柴油機廠などの所在地。市中心部にある区としては面積がいちばん広く、人口も120万人と最多の区である。
宝山区 - 旧宝山県が1988年に改称。日本の技術協力を得た宝山製鉄所の所在地である。
閔行区 - 旧上海県が1992年に改称。多くの外国企業の工場や国産の精密機器、ロケットと人工衛星の製造工場がある。
嘉定区 - 旧嘉定県が1992年に改称。光学研究所などの研究機関やトヨタ、ゼネラルモーターズ、フォルクスワーゲンなどの自動車工場がある。また2004年6月には上海國際賽車場(上海インターナショナルサーキット)が完成し、F1中国グランプリやMotoGP中国グランプリなどの国際的大レースが開催されている。
金山区 - 旧金山県が1997年に改称。金山石化総廠の所在地である。1937年旧日本軍が金山沖で上陸した。
松江区 - 旧松江県が1998年に改称。市街地の西約20kmの位置にあり、上海カメラ総廠がここにある。また映画撮影所も有名。
青浦区 - 旧青浦県が1999年に改称。機械製造、金属加工などが盛ん。西にある淀山湖は黄浦江の水源であり、上海の水道水の水源池でもある。湖畔には紅楼夢の大観園を再現したテーマパークもある。
奉賢区 - 旧奉賢県が2001年に改称。市街地の南に位置し、スイカなどの農産物の産地。近年、海浜浴場が出来て観光業にも力を入れている。
南匯区 - 旧南匯県が2001年に改称。近郊型農業が盛んで、他には上海野生動物園もある。区南東部に臨港新城が建設されている、将来発電設備、飛行機、電車などの重工業生産基地になる予定。また、ここからの東海大橋は洋山港と上海市を結ぶ。桃の名産地。
浦東新区 - 楊浦区、黄浦区、南市区と盧湾区の浦東部分と川沙県が1992年に合併し、副省級市に昇格した。経済特区として、金融、IT産業、電子、化学などの業界の工場が誘致され、上海浦東国際空港やリニアモータカーが作られ、上海の新しい玄関となった。これに伴って、外国人も古北小区などから区内の聯洋小区に移る例が多い。中華民国総統孫中山の妻宋慶齢と青幇のボス杜月笙の実家がある。区内の滬東造船廠で、江凱型フリゲートと071型揚陸艦が建造された。082型空母は区内の外高橋造船廠で建造する予定。
崇明県 - 長江河口の巨大な中洲である崇明島の大部分を占める。北の一部は江蘇省に属す。中国第三の島で、崇明老黒皮スイカ、長興島蜜柑や上海蟹の養殖が有名。江南造船廠が区内の長興島移転した。
上海市の中心部は、蘇州河(呉淞江)と黄浦江によって三つの部分に分割されている。

浦東 - 黄浦江の東側にあるため「浦東」と呼ばれる。1991年までは水田が広がる土地であったが、市街地から行くには交通の便も非常に悪く、上海人は「寧要浦西一張床、不要浦東一間房」(浦西のベッド一つの方が、浦東の一部屋よりまし)という俗語もあった。
浦西 - 黄浦江の西側部分で、豫園を中心とした旧市街や、旧租界時代からの金融、商業の町が含まれる。旧イギリス租界、フランス租界の資本家、政治家、外国人によって建てられた洋館が沢山残るため、上海語で「上只角」と呼ばれる
滬北 - 蘇州河の北側の部分。かつて労働者たちの密集地を含む。特に上海駅の周辺は、地方からの労働者が最初ここで小屋をつくって暮らすことが多く、教育や医療の水準、平均収入は市の平均以下で、犯罪の発生率も高い状態が続いている。上海語で「下只角」と呼ばれる。